荷 物 車 (Part5)
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◆マニ30
 マニ30 2001〜2006(旧マニ34、電気暖房付)
2007〜2012(電気暖房付)
 日本銀行所有の現金輸送用荷物車で、マニ34形を1970(昭和45年)に改番した6両と、前車の置換用として1978〜1979(昭和53〜54)年に新製された6両の2グループが存在する。
 マニ30 2001〜2006は1970(昭和45年)にマニ34形を改番したグループで、積載荷重は13tに変更されている。1981(昭和56)年までに廃車された。

 マニ30 2007〜2012マニ30 2001〜2006の置換用として新製されたグループで、1978〜1979(昭和53〜54)年に日本車輌で6両製造された。車体形状は50系客車に準じた折妻形となっているが、室内配置はマニ30 2001〜2006と同様となっており、前位から順に荷物室、警備員添乗室、荷物室、車掌室が配置されている(積載荷重は14t)。屋根上には添乗員室部分にのみ分散形冷房装置AU13ANを2台取り付けており(電源は床下にディーゼル発電機を搭載)、台車はTR230Bを使用している。1986(昭和61)年11月改正の荷物輸送の廃止により小荷物列車や急行列車との連結はなくなったが、全車ともJRに引き継がれ現在も高速貨物列車に連結されて使用されている。

マニ30 2010
マニ30 2010(南トメ
品川駅、198-年--月--日

 <車両履歴>
  マニ30 2010 (1979年/新製)



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◆スニ40
 スニ40 1〜33, 2034〜2041(2000番代は電気暖房付)
 手小荷物輸送の近代化のために製造されたパレット輸送専用荷物車で、1968〜1969(昭和43〜44)年に新潟鉄工所で41両製造された。車体構造は高速貨車ワキ10000形に準じており、側面にはアルミ製プレス構造の総開きの引き戸が設けられ、室内にはパレットが24台収納できるようになっている(積載荷重は17t)。外部塗色はアルミ製引き戸はクリヤラッカーのみで 屋根と妻面のみ青色15号となっており、台車は高速貨車等と同じTR203を使用している。1986(昭和61)年の荷物輸送の廃止により、1987(昭和62)年に全車廃車となり形式消滅した。

スニ40 2038
スニ40 2038(北スミ
大宮操車場跡地、1988年12月 4日

 <車両履歴>
  スニ40 2038(1969年/新製)
    
   −−−  (1987年/廃車)



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◆スニ41
 スニ41 1〜9, 2010〜2013(2000番代は電気暖房付)
 スニ40形とともに登場した車掌室付きのパレット輸送専用荷物車で、1969(昭和44)年に新潟鉄工所で13両製造された。車体はスニ40形または高速貨車ワキ10000形に車掌室を追加した構造となっており、側面にはアルミ製プレス構造の総開きの引き戸が設けられ、パレット室にはパレットが18台収納できるようになっている(積載荷重は13t)。パレット室の後位にはバラ積用荷物室が設けてあり(積載荷重は2t)、さらに後位には車掌室と貴重品室・便所が設けられている。外部は屋根、バラ積用荷物室・車掌室部分と妻面が青色15号で塗装されており、外部塗色はアルミ製引き戸はクリヤラッカーのみで、屋根、バラ積用荷物室・車掌室部分と妻面が青色15号となっている。台車はスニ40形や高速貨車等と同じTR203を使用している。1986(昭和61)年の荷物輸送の廃止により、1987(昭和62)年に全車廃車となり形式消滅した。

スニ41 2001
スニ41 2001(盛アオ
北上操車場跡地、1988年 5月29日

 <車両履歴>
  スニ41 1  (1969年/新製)
    ↓
  スニ41 2001(197-年/電暖化)
    ↓
   −−−  (1987年/廃車)



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◆マニ44
 マニ44 2001〜2161(電気暖房付)
 スニ40スニ41形を基本に製造された車掌室付きのパレット輸送専用荷物車で、1978〜1982(昭和53〜57)年に新潟鉄工所、富士重工業で161両製造された。車体構造はスニ40形や荷貨物共用車ワキ8000形に準じており、側面にはアルミ製プレス構造の総開きの引き戸が設けられ、室内にはパレットが24台収納できるようになっている(積載荷重は17t)。荷物室の前後位には出入台が設けてあり、さらに後位には車掌室が設けられている。台車はマニ50形などのTR230に軸バネを追加したTR232を使用している。1986(昭和61)年11月改正の荷物輸送の廃止によりほとんどが廃車となり、「カートレイン名古屋」用改造車の8両と保留車の8両がJR東海に引き継がれたが、1996(平成8)年までにトロッコ客車オハフ17形へ改造(2両)または廃車となり形式消滅した。

マニ44 2114
マニ44 2114(北スミ
大宮操車場跡地、1988年12月 4日

 <車両履歴>
  マニ44 2114(1982年/新製)
    ↓
   −−−  (1987年/廃車)



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◆マニ50
 マニ50 2001〜2072(電気暖房付)
2101〜2264(電気暖房付)
  老朽化したマニ36形マニ60形の置換用として50系客車を基本に新製された荷物車で、1977〜1982(昭和52〜57)年に236両製造された。
 マニ50 2001〜2072は一般形として製造されたグループで、1977〜1978(昭和52〜73)年に新潟鉄工所、富士重工業で72両製造された。車体構造は50系客車を基本としているが、車内配置はマニ36形と同様に前位から荷物室、便所・貴重品室、車掌室となっている。積載荷重は13tで、台車は50系客車と同じTR230を使用している。1986(昭和61)年11月改正の荷物輸送の廃止によりほとんどが余剰となり、JR移行直前の1987(昭和62)年に59両が廃車となった。1989(平成元)年にJR東日本在籍の1両が24系客車マニ24形へ改造され、現在は救援車代用または控車として7両が在籍するのみである。

 マニ50 2101〜2264はブレーキシリンダーなどを設計変更して増備されたグループで、1979〜1982(昭和54〜57)年に新潟鉄工所、富士重工業で164両製造された。車体構造は 0番代を基本としているが、ブレーキシリンダーが台車装架式から床下設置式に変更され(出入台の握り棒やステップ形状など細かい点も変更となっている)、台車もTR230Cに変更されている。1986(昭和61)年11月改正の荷物輸送の廃止によりほとんどが余剰となり、JR移行直前の1987(昭和62)年に120両以上が廃車となった。1988(昭和63)年にJR西日本在籍の2両がバイク輸送用のマニ50形5000番代へ改造され、現在は救援車代用または控車として16両が在籍するのみである。写真のマニ50 2229は救援車代用のため車体の形式表記が「マエ50」となっている珍しい車両である。

マニ50 2001
マニ50 2001(米ヨナ
出雲市駅、1988年 2月21日

 <車両履歴>
  マニ50 2001(1977年/新製)
    ↓
   −−−  (1987年/廃車)
マニ50 2229
車体の形式表記が「マエ50」となっている

マニ50 2229(天シク
新宮運転区、1985年 9月13日

 <車両履歴>
  マニ50 2229(1981年/新製)
    
   −−−  (1987年/廃車)


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